4月終幕

2020年4月が終わろうとしている

 

月末の恒例ということで

1ヶ月を振り返り

次月への弾みとしたい.

 

 

「4月」

 

この言葉から人々が連想するのは

きっと青空の下の満開の桜や

新生活の不安を含んだワクワク感

或いは...

 

大学生活最後の1年を迎え

少なくなる授業に寂しさを感じながらも

卒業論文という大きな課題に向かっていく1年のその始まり...

 

思い描いていた4月とはいかなかった

 

全ての人たちが共有しているこの時間

 

僕もずっと家の中で殆ど人と接することなく過ごしていた.

 

 

さて

文体に流されるのはここまでとして

書くべきことに戻ろう.

 

 

 

4月の日記やブログを見返した.

 

 

なんだが毎日同じような毎日を過ごしているような印象を拭えなかった.

 

 

朝起きて

調子が良ければ読書をして

10時になれば仕事をして

週たった3つの授業のレポートを書く

 

 

前に進んでいるような印象は

なかなかに抱くことができなかった.

 

 

 

日記を見返して

特筆すべき記述をあまり見つけられなかった.

 

 

 

自粛生活の中で

自分が前に進めていないような感覚がある

 

少なくとも夢見ていたように前に進むことはできていない.

 

 

それは自粛生活のせいではなくて

勿論自分の心の持ち様が問題なのである.

 

 

確かに属する組織は変化した

 

これまでほどの自由もなければ

これまでほど考える素地も存在しない環境

 

 

僕は気後れしてしまっていたのだと思う

 

 

構えている部分が大きかった

 

 

周りの人が不必要に大きく見えて

自分の力で物事を進めることを避けてしまっていた

 

 

それでは得られるものはない

 

振り返っても自分の意思など存在しないのだから.

 

 

そう 

意思を失っていた時間が長かったのだと思う.

 

 

 

それに気がつけたことはひとつ進展かもしれない

 

 

 

未だ意思を持つ対象を確固たるものとして見つけられてはいない

 

しかし今自分が大切にしたいことは

きっとそれにつながってくる

 

 

1. 常に組織の最善を考え行動すること

2. 理想の世の中を希求すること

 

 

この2点

 

なんだか失ってしまったものの様に思えるが

これをもう一度新たな視点で意識すること

 

 

それが自分にとっての課題である

 

 

 

最近あまりにうちに閉じこもり切ってしまっていたと思う

 

意思を持つ対象もなく学びも広がりもない

 

 

でもこんな状況だからこそ

今何を感じているのかを

書き留め蓄えていくことが

何より大切だと思うし

 

そのためには

自分ばかり考えているのではなくて

もっと外の世界も見なくてはね

 

 

自分のことで手一杯になっているとしたら

このどちらも見失ってしまうから

 

 

 

 

2月も3月も同じことを掲げていた

やっぱり僕はまだまだ鈍間なままなようだ

 

 

どうやって変えて行こうか

それもわからない

 

 

しかし

まずは自分の心に余裕を持たせること

相手や世の中を見ていくこと

自分の意見を形作っていくこと

 

それを5月

貫いていきたい