8月のピエロ

こんばんは、森川です。

 

今日はたくさんのアイスコーヒーを飲んだ。

 

---

 

8月を1週間遅れで振り返る。

 

 

 

2019年8月は、もしかしたら僕の中で史上最悪な月の始まりだったかもしれない。

 

 

 

振り返って実体がなく、総体のない2019年8月。20歳の夏。

 

そうか、20歳の夏だったのか。

 

 

素敵な響きだ。

 

20歳の夏。

 

 

25歳の夏よりも刺激的で、

18歳の夏よりも現実的だ。

 

 

 

 

ある程度刺激的で、ある程度現実的な夏。

 

 

 

 

8月は長らく僕を悩ませるトラブルが渦中で、

心身ともに疲弊した状態で始まった。

 

 

クタクタだった。

 

小学生が絞った後の雑巾みたいに。

 

 

 

ただ逃げていた。

 

戦場の恐怖を知り、戦いを避けた。

 

 

 

最悪な気分と疑念とに押し潰されて。

 

 

 

生活習慣を変えようとしたけれど、

それはさらなる悪習慣を作り出していただけだった。

 

疲労もたまる。

 

 

 

それは8月の2/3ほどを占めていた感覚であろうと思う。

 

 

 

やることを減らし、

頑張ることをやめ、

適度に物事をこなした

 

 

じぶんのために時間を使っているはずだった。

 

でも、満たされない思い。

 

 

 

 

早起きのジョギングや、2度の小昼食

 

美術館

 

音楽

 

読書

 

 

どれも虚無を掻き立てることしかしなかった。

 

 

 

虚無を抜け出すそうと、

現実を避け、

虚無に陥る。

 

そんな毎日。

 

 

ロクでもないサーキットみたいに。

 

 

 

 

そんな中で、光明を見た。

 

 

それが転機だった。

 

 

 

虚無を避けるのではなく、笑い飛ばすこと。

 

それが、僕が虚無に立ち向かうことのできる唯一の手段だったのだ。

 

 

笑い

ピエロ性

 

 

それが一つの行動信条になった。

 

 

笑いを忘れないこと。

笑いを創り出すこと。

 

 

その力を知った。

 

 

 

 

笑いと保身。

 

笑いによって作り出せる距離がある。

 

笑いによって近づく距離と、笑いによって遠ざかる距離。

 

 

宮廷貴族のピエロみたいに、

クリティカルに、或いは自己を滅却し、

目的性を持った笑いを創り出す。

 

 

 

 

 

笑いは向き合うことであり、

幸せであり、

逃避であり、

保身である。

 

 

 

 

"Creation"

にこだわりたかった8月だった。

 

 

結局僕に作り出せるものといえば、

高尚な芸術では一切なく、

ありきたりな笑いに過ぎないのかもしれない。