ノートと靴底の消費量

こんばんは、森川です。

 

今日は久しぶりにハードカバーの小説を買いました。

 

魅力的なタイトルをつけることって大事だなあとしみじみ思う本屋での一コマでした。

 

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僕の頑張りは、

ノートと靴底の消費量

で表されます。

 

今日気がつきました。

 

最近の自分の良くなかったところ。

 

自分は、目に見える、数値に現れる行動に基づいた活動をしないとやってる感を得られない。

 

対して、考えることの必要性や、何か考えることがあるはずだということに対する不安を持っていた。

 

自分は考えるべきなんだという思い。

考えきれてないはずだという思い。

足を動かさなければ感じられない活動している感。

 

その狭間で揺れていた、もしくは板挟みになっていた自分がいた。

 

 

それを脱するには、

活動のチャンスを逃さないこと。

他者と話して自分が考えるべきことを文言化すること。

 

 

僕は考えている量とノートに乱書きする量が比例する奴です。

 

 

だから、自分が考え、かつ行動していることを証明するに足るものとして、

ノートと靴底の消費量

 

わかりやすい。

可視化されてる。

 

そして僕がどれだけこいつらを消費したのかまた1ヶ月後に確かめるよって言ってくれた人までいる。

 

だんだんと前に進める環境になってきた。

 

 

人の助けを借りるのは大事。

 

有難い。

 

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